トライアウトには正直、合格するとは思いませんでした。テスト種目の1つにクイックネスを見る種目があり、NFLEから来たトニー・アレン氏が、私のタイムを計測し終えた後に、「GREAT!!」と言ってくれた時には「もしかしたら・・・・」という思いはあったのですが、しかし本当に合格するとは・・・。今はただただ、信じられない限りです。しかし、喜んでばかりもいられません。戦いはすでに始まっています。2月下旬からのキャンプに生き残らないと、即座に帰国です。嬉しい反面、緊張感も走っている次第です。初参戦だけに、がむしゃらにプレーして、自分をアピールしていきたいと思っています。たくさんの方々の協力のおかげで、貴重な経験をすることができます。いろんなことを吸収して、大きくなって帰ってきたいと思っています。 応援よろしくお願いいたします! (#24 佐野忠也)
ここ鹿島米国シカゴ支店(Midwest Region)は、設計会社であるKAI(Kajima Associates Inc)と施工会社であるKCS(Kajima Constraction Service)の両支店があり、約65名の社員が、日夜頑張っています。 皆さんは、シカゴと聞くと極寒のイメージか、恐い人たちが暗躍していた時代(映画の中では未だにそうですが・・・)を思い浮かべるでしょうが、実際には穏やかな人柄の方が多い、都会でありながら住み心地の良い街として知られています。しかし、寒さに関してはイメージの通りで、真冬になるとマイナス10℃〜15℃は当たり前となります。ということは、当然冬の間は外でスポーツをすることはほぼ不可能となり、皆インドアスポーツに勤しむことになります。そのインドアスポーツの代表格とされるのがサッカーであり、シカゴ支店にも「ちょっと齧ったレベル」から「自称・結構ヤルねんでレベル」まで多くの経験者がいます。そんな仲間が集まり今年旗揚げされたのが『KAJIMA DEERS』。年齢30歳以上の地域リーグに所属しており、当初は支店内で選手を募っていましたが、今では鹿島の顧客や協力会社の社員も多く参加し、約15名程度の選手が在籍しています。 只今リーグ戦の真っ最中で、熱い熱い戦いを繰り広げていますが、戦績は2勝4敗。「楽しむことを目的に」というチームのモットーが良い意味で崩れ、今では勝つために戦術も立てる程になっていますが、それが機能するのは何時のことか誰も分かりません。 余談ですが、本家本元のDEERS出身者は2名所属(森崎氏:現役時TE、佐藤:現役時DB)しており、森崎氏は高校サッカー経験者でチームの重要戦力となっていますが、佐藤はサッカー未経験であり何かと足を引っ張っており、これからの成長が期待されます。 P.S. KAJIMA DEERSの守護神(キーパー)は2人、うち1人(青色ジャージ)はアメフト経験者で、現役時のポジションはLBです。183.4センチの110キロレベルでしょうか・・・日本だと完全にラインですね。 (元DB 佐藤紀之)
夏合宿を新潟県にある当間高原リゾートベルナティオにて行いました。設備的には申し分なく、サッカーワールドカップでもクロアチア代表がキャンプを行うほどで、多分Xリーグの中でも間違いなく最高の施設で夏合宿を行えたと思います。今回の合宿が無事成功に終わったのも、DEERSのOBで木村マネの同期の並木さんがいてくれたからこそなのです。もちろん、一応マネの統括をしている私の下にいる有能な若者たちの頑張りも特筆すべきですが、特に並木さんには色々とサポート、バックアップ、そして尻拭いとほとんどおんぶに抱っこ状態で何とか合宿が終了しました。 今回の合宿では、サッカー専用として作られているグラウンドを例外的にアメフトに使用することを十日町市に了解していただき、世界クラスの芝生を使用させていただきました。合宿中は滝沢十日町市長や大勢の市役所の方々が視察に来られ、初めて見るアメフト激しいぶつかり合いを見学されていました。合宿終了時に森ヘッドコーチ、並木さんと一緒に市役所にお礼の挨拶に伺ったところ、実は十日町市役所の関口助役がアメフトで有名なアメリカのノートルダム大学に留学されていた事がわかり、色々とアメフト話しに花が咲きました。来年もぜひ、十日町市にて合宿ができればいいなぁ〜と強く願いながら新潟県を森さんと一緒に愛車レガシーB4号にて帰京する私でした。 (合宿隊長 マネ伊藤明男)
合宿4日目の8月11日(日)、今回の合宿先である新潟県十日町市の強豪綱引きチーム「珠川綱引きクラブ」との綱引き対決が行われました。このクラブは10年前に全国4位の実績があり、今回アメフトチームの合宿が行われると聞いて、10年振りに再結成したとのこと。試合は「8人で600キロ以内」という条件で行われるそうなのですが、DEERSに75キロ以下なんて8人もいるのかな?絶対無理かも!?・・・そう言いながら、スタッフも入れて結成した8人チームと、ラインを中心とした6人で600キロチームで決戦に臨みました。 最初にプロ同士のデモンストレーションを見せていただきましたが、掛け声や腰の低さはもちろんのこと、驚いたのは“綱引き専用シューズ!!”全員がお揃いで、さすがのプロ意識と気合い☆ まずは6人チーム登場でラインの選手の大きさでビックリさせようと、DL飯田選手もいちばん後ろで綱を体に巻きますが、数秒で引っ張り倒されるDEERSチーム。続いて8人チームでも完敗!最後に新人タロウの土下座で8人体重無制限でリベンジを試みますが、やはりかなわず・・・とっても手強い相手でした。 十日町市の皆様、今回は私たちを温かく歓迎して下さり、またこのような企画も立てていただき、本当にありがとうございました。板井主将も「ライスボウルで優勝した暁には、綱引き用の靴を自分で買ってでもリベンジにいきたい。雪解けまでにスキルを磨いて少なくとも来年の合宿までには心身ともに戦える状態に仕上げたい。」とつぶやいているように、またの対決を楽しみにしております。来年もぜひ十日町市に伺いたいと思いますので、よろしくお願いいたします!! (来年も大量の果物むき頑張ります! マネ川ア綾子)
童謡にあるように、私にとってあくまで富士は「日本一の山」であり、決して「登る山」ではありませんでした。それが「登る山」だと初めて認識したのはちょうど一年前のこと。DEERSではこの時期の有志による富士登山が恒例になっていると聞いてびっくりしたのを昨日の事のように覚えています。昨年、DB佐山にその感想を聞いたところ「日本人なら一度は登らないとダメですよ」と言われ、じゃあいつか機会があればとその時は軽く思いましたが、その「いつか」がまさかこんなに早くやって来るとは思いもしませんでした。学生時代トレーニングの一環で大文字や比叡山に何度となく登った経験から、経験者から脅かされるまでもなく富士登山がどれだけ過酷なものか容易に想像ができました。 日頃の運動不足・不規則な生活・そして自分の年齢を考えると一睡もせず富士山に登ることがいかに無謀であるか重々承知していましたが、もう引き返せません。普段選手に無理難題を要求しているせめてもの罪滅ぼしと腹をくくり登り始めました。今や一部DEERSマニアの方々には有名となったトレーナー喜屋武にキネシオテープをしてもらい、富井マネの叱咤激励を受けながら何とか登頂。頂上の淺間大社での祈祷中の二礼二拝では、二礼目に酸欠で意識が遠のき、そのまま崩れ落ちそうになるも、これを気合で持ちこたえ(杖がなければホンマに危なかった)、かろうじで面目を保ちました。その後山頂での休憩中にトレーナーのコバエリにストレッチをしてもらい復活し、道を間違えない省エネ下山で無事帰還を果たしました。学生時代、日本一になることの意味を例えて、「山の向こう側はその山の頂に登った者しか見ることができない」と言われ、「よっしゃ日本一になったろ」という気持ちが初めて心の底から湧いてきたことが懐かしく思い出されました。やっぱり富士山から見る景色は神々しかったです。罪滅ぼしも終わったことだしこれでまた心おきなく選手に無理難題を要求できそうです。 (侍ポイント1を手に入れた 森清之)
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